狭く屈折あり

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    【 営業で売った年間4,500万円の売上より、企画を売った年間1億6000万円の売上のほうが価値があるなと思った話。 】

    ■「営業と企画、営業とマーケ、営業と財務、どちらがより、会社や組織に富をもたらすか?」

    これは、広告を扱う人ならよく耳にする、よくある議論のテーマである。

    まぁ、これは結局のところ答えはなく、

    ・「人による」

    というのが答えだろう。
    稼げる営業は年に数億〜稼ぐだろうし、稼げる企画はそのアイデアで数億〜の消費を生むだろう。

    実はずっと疑問だったことがある。

    ■自分の場合は、営業と企画実際はどちらのほうが稼げるのか?

    企画時代は当然、企画のほうが自分の価値が高まると思っているので稼げると思っていたけれど、営業を一年間やってみて、それなりに積み上がった数字を見ると「回りくどいやり方なんてしないで自分の足で稼いだほうが早いし額も大きいのでは?」という疑問が立ち上がった。

    そこで今回は売上の生データを見ながら、「私という人間の場合」は「営業と企画どちらのほうが社会に金銭的価値を与えられるか?」について考えてみたいと思う。

    ■結論【営業より企画のほうが2倍から3倍稼げる】

    掲題でも触れているが結論から言うと、

    ・営業で稼いだのは年間4,500万円
    ・企画で稼いだのは年間1億6000万円(2017年稼働中のものは8000万円)

    だった。

     


    これによると約2倍から3倍、企画のほうが自分にとって高い生産性を維持できると言えそうだ。

    内容を補足すると、

    ・営業数字の内訳は社内数字から吐き出した2016年11月から翌10月までの引き継ぎ銘柄も含む売上累計

    ・企画数字の内訳は自分が企画、ディレクションしてウェブサイトを作りゼロから立てた売上由来の年間累計

    である。

    ※企画数字は、異動により2017年中に引き継ぎ関われなかったものや、成果の有無ではなく社内政治的な要因で中止になってしまったものを、継続性は当然あったとし、過去の実績を今年もあったと仮定して入れたもの(1億6000万円)と、その仮定を除いたもの(8000万円)に分けた。

    ※企画数字の中にはWeb以外の紙やプロモーションなどの広告企画由来の売上、各種投資による売上は含んでおらず、実際はさらに数百万〜程度上乗せがある推定である。

    ■持続性の問題:自分の産んだ価値は持続するか?

    営業に於いて特に感じたのはこの問題だった。

    100本新規にテレアポとメールでアプローチし、5件商談を取り付け、1件10万円の契約を取ったとしよう。
    そのなけなしの契約の多くは、悲しいことに全く反響が無く、当然ながら一回きりの実施で終わる。
    こうした20件の契約のうちの約一件(広告の費用対効果に寛大な客)がようやく継続受注に至るが、またその中でも1年以上契約が継続することは更に稀であり、5年となるとこの会社に入って数社しか見た事が無い。

    つまり売上を維持するためには常にショット(単発)でのフロー利益に依存することになる為、日々新しい顧客を求めテレアポ、訪問、販売を続けるしかないスキームなのである。

    一度発注が無くなってしまえば、自分の産んだ価値は持続せず、引き継ぎもできない。会社に価値は残らない。

    一方、企画に於いては一度「売れるスキーム」をウェブサイト上で作ってしまえば後はほとんど統計の問題で、予算を増やしたり、内部構造を改善すれば売上も上がる。

    当然、その仕組みは資産計上可能であり譲渡も売買も引き継ぎも可能である。

    私が携わったプロジェクトにおいてほぼ全てが5年以上継続してきたものばかりで、継続によるストック利益は広告主にとっても有益なものとなっている。

    ■自分の投資収益率、内部収益率

    これはもし自分が経営者であり雇用する側であった場合、判断にあたって大きな要素になる。雇用した人間が体調を壊したり退職した場合、フロー収入だとそれで終わりだた、ストック収入であればそれは資産として仕組みが稼いでくれるようになる。

    雇用を一つの投資として考えたとき、投資収益率と内部収益率でその収益性を測ることができるここでは仮に年収を500万円とした場合(実際はこれより低いとも高いとも言いません(笑))、私という金融商品の価値は、

    ・投資利益率(ROI) =(売上額 − 全投資額) ÷ 全投資額(%)*100

    営業:(4,500万円-500万円)/500万円*100=800%
    企画:(16,500万円-500万円)/500万円*100=3,200%

    となる。
    もちろんこれは売上であり、利益でないため一概には言えないが会社に入るインカムを根拠に考えるのであれば指標としては使えるだろう。
    (しかしこうして計算してみると、金融商品などを比べると自分の価値がいかに高いかがわかる。論理上は自分以外についても営業マンを売上以下の給料でどんどん雇えばずっと利益が生まれることがわかる)

    さらに継続的な価値をみることができる内部収益率でみてみると、

    営業:10年間の累計CF  399,999,990 円

     

    企画:10年間の累計C  1,449,999,990円


    となり10年後のCFでは約15億と、約4億と、3.6倍もの開きがでるのである

    同じ賃金を払うのであれば後者のほうが市場価値が高いと判断されるのは言うまでもないだろう。
    (今勤めている会社ではそういう判断にならないのが問題なのだけれど…苦笑)

    ■数字以外のキャリア評価軸は?

    そもそも、自分の仕事の価値を考える際数字以外にもいくつか考えておく必要のある項目がある。それぞれについて営業と企画の軸から自分の場合どうか考えてみたい。

    ・交換性≒自分の仕事は、別のものや人に交換できるか?‎

    →営業は正直、自分の仕事は(向き不向きこそあれ)誰でもできるものであり、かつ残念なことだが「自分だから」発注してくれる人はほぼ居ないことがわかった(営業において重要なスキル「人たらし」が自分には決定的に少ないのだ)。
    一方、企画においてはたしかに、自分より稼ぐ人はいくらでもいるが「お前だからお願いするよ」と個人を指名してくれる人が多く、自分にしか作れない仕組み・売上もあった事から交換性の面において、キャリア形成に当たっては企画のほうが有利だといえる。

    ・競合性≒‎別のものや人が沢山いるか?別のものや人のほうが成果が上がるか?


    →おそらく日本のサラリーマンで一番多い職種は「営業」ではなかろうか。
    その点で競合が最も多い市場である。
    かつ、自分より数倍稼ぐ営業はいくらでもおり、つまり「性能」でも競合と比べて劣っている。
    こうなると競合に対して多く選択されるためには賃金を下げて調整するか、地方などに働く場所を変えるか、待遇について条件を下げるしか取るべき戦術はなくなってきてしまう。
    一方で、企画に於いては(ものを売ることが仕事である)営業と比べ、それそのものの概念が曖昧で(コンサル的要素から経営者的な要素まで)あることから、競合軸が取りづらく、個性を出しやすい面がある。それを加味しても「性能」面でも大手代理店のミドルクラス以上である自負はある。
    競合も少なく、性能も対して低くないので、価格弾力性の影響を余り受けず賃金を下げるオファーをしなくとも市場である程度競争力をもった交渉ができるのではないかと考える。

    ・将来性≒会社、業界全体の未来はあるか?給与水準が上がる未来はあるか?
    →業界全体として短期的には好調か、横ばいである。
    今後日本の高齢化が進む未来にあって、すぐに市場がなくなることも、競合がパライムシフトを起こすこともないだろうと予想され、よって会社の売上が危機的な状況になるとは思えない。
    しかし、逆に爆発的に増えることも無いため、今後高騰する40〜50代の人件費を巡って限られたパイを奪い合う形となり、今後10〜20年の間は給与水準は据え置きとなり、今後さらに企業への貢献を下としても自分が1,000万円超にアップする未来は無いと言えるだろう。
    自分が努めている会社は営業会社であり、かつ大企業の子会社であるため、企画の自分が本部長以上の職責を得ることは100%に近くありえず、ましてや平均年齢が50歳を上回る現状としては今後20年(自分が54歳まで!)は現状維持であることが想定される。
    そこまで何も動かないとすると自分のスキルや人的資産は社内に最適化され、ロックアウトされ、固定化されてしまい、転職の可能性も道も閉ざされてしまうのである。

    ■結論:どこかのタイミングで、独立するか自分の価値のわかる企業に転職するほうが得である

    以上ダラダラと述べてきたが、結論は冒頭に述べたものと変わらない。

    ・約2倍から3倍、企画のほうが自分にとって高い生産性を維持できると言える

    これはつまり、営業に身をおくことは自分にとっても会社にとっても機会損失の不利益そのものであり、避けるべき状況であるはずだ。
    だとするのではあれば、考えられるのは

    ・独立
    ・転職

    であろうか。
    その際はまた別のステップを踏んでメリット・デメリットを考察する必要があるだろう。それはまた別の機会に回すとしよう。

    追記:この記事を書いている最中に突然、企画への辞令が発令された。これはこれで結論と道を同じくする喜ばしいことである。一方で、組織の将来性の部分などについても考察する必要があり、これはこれでまた、検討していくものとしよう。

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      【 思い通りにならない世界で。 】
       『人生は、ままならないものである。』


      それが、この旅の前後で学んだ事。

      起こりうるあらゆる悪い事は起こりうるし、
      楽観視は痛い目見るし、
      信じても裏切られるし、
      希望的観測は得てして叶わない。

      期待は期待でしかない。
      思いや希望なんて現実には何も影響を及ぼさない。

      だから頭で分かる範囲で、理性を武器に計画を立てる。
      そして身体が出来る事を行動として移した時に、始めて現実世界に少しだけ影響を及ぼす。

      だがそれでも、それでも悪い事や不慮の事故は起こる。

      根拠なく「進路が逸れるだろう」と希望していた台風は波照間島を直撃するし、
      根拠なく治るんじゎないかと思って水没させたiPhoneは、治らなくて買い替えになるし、
      そのiPhoneを買い替えた当日に、旅の残金を全部いれてた財布を置き引きあうし、
      やっぱり財布は落とし物として届けられないし、
      仕事は大人しく着実ににやろうと思ったら同僚から謎の脅迫を受けるし、
      膝は治りにくい爆弾を抱えていることが判明する(最後の方旅に関係ないけど)。

      人生にはイレギュラーな事や厄災が降り注ぎ、得てして思ったとおりにはならない。

      明日家が燃えるかもしれない。
      癌になるかもしれない。
      目が見えなくなるかもしれない。
      大切な人が刺されるかもしれない。
      線路に落ちて死ぬかもしれない。

      可能性が低いだけで、それが我が身に起こりうる可能性を誰もが持っている。
      ロシアンルーレットの拳銃の引き金を毎日引いて、たまたま当たらなかっただけだ。

      世界はままならない。
      世界は、ゲームではない。
      自分の期待通りになるほど甘くない。
      予定調和は無い。
      存在はハイデガー的世界内存在で<在る>事から絶対に抜ける事は出来ない。

      肝に命じろ。
      注意しろ。行動しろ。
      世界は思い通りにならない。



      ここで、上記論旨を反転。

      逆に、ままならない世界は意図しない、想像を遥かに越えた素晴らしい一瞬を与えてくれる事もある。




      それはまるで、
      「その印象は非常に強くて、わたしがかつて生きていた瞬間が、現時点であるように思われた(失われた時を求めて/ゲーテ)」
      のような。

      卑近な考えはおろか、自分の抱えている悩み全てを吹き飛ばす圧倒的な現実。
      接近し、体験する<今>。


      誰もいないビーチ。



      一人座す。
      透き通る蒼。



      なんという豊饒。
      なんという横溢。



      喉を通る、ぬるいビール。




      自分とビールと音楽と自然のミニマル。
      何時間も身を任す。



      即席のドラムセットで奏でるリズム。



      「異邦人」でムルソー圧倒的された<あの>太陽。
      太陽!



      豊かな死のような夕暮れ。







      旅とは、ままならなくて予定調和とはいかない世界の無情/不条理の中に自分を投企し、その中で失望しもがきながら、<二度と戻らない>その場所で、<二度と繰り返さない>の<今>や<現在>を見つけるための装置なのかもしれない。

      トルストイは言う。

      「現在に対して注意深くあれ。我々は現在の中にのみ永遠を認識する」(文読む月日)

      辻邦生は言う。

      「<今>にこうして手で触ること-それが生きることに他ならない」(夏の光満ちて)

      と。


      僕はまた旅に出るだろう。
      また傷つき、失望し、何かを得るだろう。


      あれ?
      それが生きるということそのものにほかならないような、そんな気がしてきた。のだ。
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        | 思想 | comments(0) | posted by curlcord |
        【 正しい希望の失い方 】
        誤った絶望=
        世界に形而上的な意味がない事を知り絶望するが、
        その虚無の巨大さにやがて盲目になり、
        自らの本質的な価値を外部である<他者(他人だけでなくその価値観も含む)>に依存し投げ渡す事に、
        誤った世界の意味を求め、自らの生を蔑ろにし消費し、無意味を更に無意味化する、
        半自殺的絶望。

        正しい絶望=
        世界に形而上的な意味は無い。
        よって<世界の内にある他者>も、わたしにとっても等しくその意味はない。
        そう正しく理解した上で、それでもなお自らその無を引き受け、
        ただ一人で立ち、
        それでもなお他者と向かい合い、生きる絶望。


        この2つの絶望は入り口は同じだが、
        その結果は、一方の彼岸からあの世を、この世を見るがごとく遠く、違う。
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          【 選択と時間 】
          価値の在る仕事とは、

          ⒈ 正しい目的意識を持ち、
          ⒉ 仮説の精度を上げ、
          ⒊ 解の質を高め、
          ⒋ 自らの作業効率を見直し、
          ⒌ 具体的に工程を組んで改善し、再生産する事

          である。

          サラリーマンになり、覚える段階を越え、仕事に対して余裕ができて自我が芽生えると
          ⒈を覚えさえすれば、⒊までは大なり小なり誰しもが目指すになる。

          だが、さらにある程度時間が経つと、
          3.と4.の段階の中間で仕事が「こなせる」事を覚える。


          下手に利口になると⒌を自らに課す事について、見てみないふりをするようになる。
          楽だから。

          その仕事の「楽」をどう捉えるかがきっと人生の満足度にとって大きな差を生むのだろう。

          1. 楽した時間を目的意識を持って別のことに使う
          2. 楽した時間をTVや他人の付き合いやどうでもいいことに使う

          自らの価値のある仕事にも向かず、プライベートも目的意識のない2の領域は不毛だ。
          停滞だ。人生の浪費だ。

          そこに自分の人生を突っ込まないよう、
          仕事に於いてもプライベートに於いても常に目的意識を持つことが、
          何者かの奴隷状態から人生を勝ち取り、開放する最初の一歩なのだ。

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            【 影響力 】
            全ての人間に、影響力は無い。

            富める者も、
            幸せな者も、
            世に認められた者も、
            愛される者も、

            そうでない者も等しく無い。


            そもそも、モノに属する動物は世界に意味を与えない。
            影響とは「自我を持った人間」が「他者」に対してのみ与えるものである。

            世界そのものはそれ単体で意味は無い。

            世界に意味を観測するのが人間なら、価値をつけるのも人間。
            付けられた価値を忘れ去るのも、人間。

            とするなら世界の中に放り出されて在る、我々の個人の存在は根拠のないものだ。

            世界に触れている、変えられるというのは錯覚だ。
            そうでもしないと生きていけないから、周りの「人間」の反応を、自己評価の価値に変形して錯覚しているだけだ。

            誰かにそれがあると思い、自分の人生を思い煩うのは、誤解であり奴隷根性であり、人生の唾棄だ。

            本質的な影響力は誰にも、無い。
            等しく全ての人に無い。

            平等に。
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              | 思想 | comments(0) | posted by curlcord |
              【 引き算 】

              朝起きたら布団の中でTwitterとFacebookとインスタグラムの更新状況をチェックし、
              起き上がると同時にTVをつけてザッピングし、
              トイレを済ませながらマンガを読み、
              イヤホンを耳に差し込みながら家を出て、
              通勤電車内ではRSSで取得した2ちゃんまとめや有名ブロガーの更新情報をただ眺め、
              全部見終わるとまたSNSをチェックしてる頃に会社につき、
              コーヒーをいれ、PCを立ちあげて、
              経済、広告業界、事件、芸能ニュースに目を通し、
              メールをチェックし、
              昨日と未来のTODOを整理し、
              仕事に取り掛かる。

              仕事の合間にも情報は押し寄せ、
              また自らもSNSやニュースサイトに情報を取得しに行く。

              帰り道も、帰っても、情報は山のように押し寄せてくる。
              また自分でも中毒のように情報を取りに行く。



              これがいつもの一日の過ごし方。




              振り返るとその情報のすべてが自分の遠くで起こっている事象の単なる確認に過ぎず、それを得ることによる安心のために情報を触れたいという欲求過ぎず、つまるところはそのすべてが自らの血肉にならない「寂しさ」や「不安」の塊のクソだと気づく。
              あゝ、クソと戯れるために残り少ない貴重な時間を切り売りするなんて、なんて壮大な人生の無駄使いだ。

              こうして泥酔の翌日の悔恨のように、その情報の津波から逃げたくなる。


              そう
              ミニマルな世界へ。


              ミニマルとは、「最小限の」という意味である。

              多くの情報から大切な情報のみを選択するという事。


              人生から情報を引き算をしなくてはいけない。
              大切な情報だけを選択し、摂食する。


              これが人生を豊かにするヒケツなんじゃないかと最近思う。


              ちゃんとしたものを食べ、
              読み、
              見て、
              聞き、
              書き、
              動き、
              話す。


              なかなかどうして社会や依存はそれを許してくれないけど、
              意識することで多少、変わるんじゃないかなと思う。


              足し算はもういいだろう。
              人生に本当に必要な事だけ、それだけを摂取していればいい。


              何が幸せなのか、何故生きるのか、どう善を成すのか、どう死ぬのか。
              考えるべき大事なことは山ほどある。


              引き算だ。
              常に、引き算を心がけよう。






              先日、富士五湖の西湖に行き、数時間程座って、湖面を眺めていた。
              碧い空、ゆっくりと動く雲、しんとして鈍色の鏡のような湖面。
              引き算を重ねた景色。


              その時間は驚くほど何もなくて、信じられないくらい豊かだった。


              ああ、またあそこに戻りたい。
              戻って、座わりたい。

              それでいいんだ。
              それだけで。



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                【 思え。 】
                孤独を恐れるな。

                傷つくことを躊躇するな。

                理性を重んじろ。

                学べ。

                反省と後悔を混同するな。

                今できることを先延ばしにするな。

                判断し、選択しろ。

                自分を肯定しろ。
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                  【 思考メモ 】
                  結局の所、人は自分以外の人間、ようは他人全ての思考や、その瞬間的な広がりや、その善悪の深度についてや思惑や愛や作為やそれらにまつわるすべての事柄について、自分を基準とした類推をする事しか出来ない。
                  <自分以上には決して>他人を理解出来ないという絶望的な谷は、そこに原因がある。
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                    【 思考メモ 】
                    その時々読んでいる本や文章は、その時々の心のOSだ。
                    アウトプットはどうしても、それを通した世界になる。
                    正しいモノに触れよう。
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                      【 思考メモ 】
                      もっとシンプルに、客観的に、真っ直ぐに自分を捉えようという、試み。というか修正。
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