狭く屈折あり

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    【 世界の終わり 】
     「もし世界で○○(例えば異性の芸能人)と二人きりになったらどうする?」 

     

     結局、この質問は、ふたりきりになって「(事を)致すか?」という至極シンプルなものなので、大いに盛り上がる質問ではある。 
     ああこれは生物の本能を揺さぶる(女性はこういう質問には面白みは感じるのだろうか?興味アリ)。
     

     
     私なんかくらいの愚物だと、

     「子孫を残さないといけない。人類の存続のために頑張るのだ。私の双肩に人類の未来が・・・orz」

    と考えてしまう。
     ええ。
     馬鹿ですからね。


     
     中学生の頃なんて、友人らとそうした妄想を本気で芸能人で考えてムフフだったものだ。

     だが、本当にそんな選択肢はあるのだろうか?

     というよく聞く質問をまじめに考えてみた。


     ここでその障害点を以下に列挙する。





     
     1.まず、どうやって人類が私たち以外にいなくなったことをしるのか


    ⇒こう仮定しよう。
     
     ある日起きたら突然誰もいなくなっていた。

     家の中には誰もいない。留守なのかと思ってつけてみたテレビも、ラジオも、ノイズのみ。
     おそろいほど、世界は静かだ。
     慄いて外に飛び出してみる。
    慄いて外に飛び出してみるが、何もかもが停止している世界に、君はただ一人取り残される。
      暫くはおそらく、発電所も稼動していることだろうから、電気は使えるだろう。
      パソコン及び、携帯電話は使えるので、必死に片っ端から電話をかける。
      友人、親戚、両親、家族・・・公共機関、会社 etc....
      だが、誰もでない。
      すべてのメディアに人のいる気配はない。
      
      だが果たしてこれで、
      「世界から人類がいなくなった」
      と仮定できるだろうか?
      いや、できないだろう。
      
      世界中で人間がいなくなったとは限らないし、インターネットがつながっていない地域で人間は生き残っているかもしれない。
      山に登っている人や、地底深く探査をしている人などはもっとわからない。
      
      一個人が使えるほどのメディアでそこまで特定すること自体がまず、不可能だし、たとえそれが可能だとしても精神がそれに耐えられるかどうか、、、。
      それが疑問だ。

      これではしかし、疑問の設定自体がなくなってしまうので、ここでは見なかったことにして先に進める。



      2.どうやって○○に会うか  

     ⇒ただでさえ、連絡がとりにくい状況になっている。
       因みに私は神奈川県在住だが、芸能人が神奈川県に住んでいる可能性は少ない。
       東京都だと仮定して、電車は動いていない。
       車は路上に散乱し、車で東京まで向かうのは困難だ。

       そうなると徒歩圏内、もしくはバイクでの移動圏内に、○○がいなければならない。


       第一、なぜ○○が生存していることを知るのだろうか?
      相手は芸能人。
      番号を知るわけもない。

      ・・・・ではこう仮定しよう。
      
      テレビをつけるとあるテレビ局だけがかろうじて写った。
      砂嵐のなかから声が聞こえてくる・・・

      「こちらは○○です!現在、私以外の人間がここ、テレビ局にはおりません!」
      「現在予備電源で放送しておりますが、もう間もなく・・・・ガッ・・・電波・・・・・ガーーーーーー・・・・」

     という音声とともにテレビを消すあなた。

     ゲンチャリの鍵を手に取り、家をでて○○テレビへと向けて、孤独に押しつぶされそうになる心と、同士を見つけた事の安堵とともに、走りだすのだった・・・・



     3.何故、二人だけが死ななかったのか
     ⇒核ミサイルの戦争や、大津波、隕石の衝突、未知のウィルスの猛威などが原因とするならば、何故そのふたりだけが無傷で生き残れたのかに大いなる疑問が残る。
       核ミサイルの場合、放射能による後遺症は確実だし、大津波で日本人が生き残るはずはない。
       隕石が衝突したのだとすると、衝撃波で周辺すべてのものが破壊されつくされている筈だ。
        
       ではこう仮定しよう。未知のウィルスの抗体をもっているのが、その生き残った二人だけであったと。 
       しかも死体ごろごろじゃあ、ロマンがないから、死んだら空気中に分解して消えうせるタイプのウィルスだ。


      ・・・バイクを走らせるあなた。街には人はまったくいない。
      数キロに一台のペースで、事故車を見かける以外には、普通に乗り捨てられた車が転々と転がり、まったくもって不気味な様相を呈している。
      不慣れな道を進まざるをえないあなたは、逸る心を抑えながら、アクセルを握る。。。


     4.どうやって食べて、排泄し、休むのか。

     ⇒電力はやがて、消えるだろう。
      夜になると東京の街は真っ暗になり、バイクを走らせることすらままならなくなる。
      ほかの生存者の存在も注意深く観察しながら疾走したこともあり、途方もなく疲れたあなたは途中のコンビニで休むことを思い立つ。

      夏ということもあり、食べ物のアシははやい。もう生ものについては腐臭をはなちはじめている。
      カップめんのお湯もない。
      仕方がないので、ぬるいビールとスナック菓子で腹を収め、トイレに向かう。
      だが、水道からはもう水はでないかもしれない。
      今は、まだいいが、今後トイレもままならなくなるに違いない。
      それを思うと、心が重くなったあなたは、コンビニの片隅で、ひざを抱えるようにして、孤独と戦いながら、眠れない夜をすごす。

      まだ見ぬ、○○を探して。



     5. 最後の疑問


     ⇒ 死ぬ思いでテレビ局についたあなた。
       開かなくなった自動ドアをあけて、ビルの内部をくまなく探す。
       息も絶え絶えになり、汗だくになる。
       いろんなところにぶつけて手も切るがそれは気にならない。

       なかなかみつからず、叫ぶあなた。


       「ひょっとしてあなた生き残り?」

      目の前に立つあなたの憧れの人。


      あなたたちはうれしさのあまり、暫し語り会うだろう。
      ここまでくる途中であったことや、知っていること。
      そうした情報共有が一通りすみ、


     あなたは思い出す。

      あの例の下心を。


      あなたは言う。



      「どうやら生き残ったのは私たちだけのようですね。人類の未来は私たちに託されました。結婚しましょう。」





     ○○はいいます。














     「気持ち悪い。」

     「あなたとの子供を残すなんて考えたら、死んだほうがマシだわ。」

     「第一、考えて御覧なさい。私たちが人類で最後の人間なのよ。これから仮に私たちの子孫ができたとして、そいつらが何千何万何億と増えたとして何になるの?」
     
     「ここで人類を終わらすの。これから人類を増やして、私たちの価値を薄めるより、ここで終わらすの」

     「私はピリオドになる。人類の。あなたなんかのくだらない(、)には私はならない。」











     すべてを終わらす「。」。


     世界で誰かとふたりきりになったとき、頭をもたげる最大の誘惑は、セックスでも、享楽でもない。
     おそらくそういうことなんだろう。






     「さあ、逝きましょう?」









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      | 空想の物語たち | comments(2) | posted by curlcord |
      【 寓話「柘榴フィリア」 】
       バスに乗ってふと外を見ると全裸でこちらに走ってくる人がいるではないか。

      「おや」

       と思って見てみる。よく見てみると人は、男か女かわからない。
       わからないのでよく目を凝らしてみるのだが、男とゆうには小柄だし、女とゆうには輪郭が丸くない。

      「ならば」

       と思って股間を見やるが、どうにも股間に焦点が合わない。見よう見ようと目をそばめるが、股間のまわりは何だかモヤモヤとしたものがあって、なかなか判然としない。
       見てみえないものや、考えてわからないものがあるなんて何だか癪に触るので、

      「全身タイツみたいなもんか」

       と思って、やり過ごす事にした。
       釈然としてみると全身タイツは顔もモヤモヤしている事に気がついた。
       まあでも全身タイツを着たままだとゆうのなら、全て納得がいくから、とりあえず静観してみる事にした。

       バスは信号待ちで停止した。
       全身タイツは路上を走って、ずんずんずんずん近づいてくる。

      「箱根駅伝の山梨学園みたい」

       その時、突然全身タイツの頭がぱっくりと割れた。
       エイリアンの卵かとゆう程にぱっくりと。
       遠くから見てもわかるくらいに割れた頭から赤い脳漿が見て取れる。

      「まるで柘榴みたいだ。」

       全身タイツはそれでもなお休まず、バスへと走り続けてる。全身タイツに気付いているバスの乗客は私だけだ。
       となりにいるサラリーマンやおばさんに全身タイツの存在を言いたいのだが、初対面の人に話しかけるのは何だか恥ずかしいので躊躇される。

       迷っている間に脳漿を全開にして、ずんずんずんずん近づいてくる全身タイツ人間。

       今まで

      「面白いなぁこのキ○チガイ」

       と愉快に思っていた私だが、突然、なんだか怖くなってきた

       10mを残して。
       鮮明に見える脳と血の真紅が正体不明の意味不明に恐怖だ。
       
       恐怖が猛然と走ってくる。
       私に向かって。


      「うわっ怖っ」
       「くんなくんなくんな」

       と思った。

       するとバスは走りはじめ、バスは速度をあげる。距離が離れ始める。
       全身タイツは懸命に僕に向かって走ってくる。
       まさに懸命だ。
       しかし距離は離れる。

      「ああ良かったー」

       なんだかほっとする私。


       すると再び、バスは信号待ちになる。全身タイツはずんずん来ゆる。

       またドキドキする。

       三度バスは走りはじめ、距離は離れる。


       が、三度信号待ちになり―――――
       



       徐々に近づいてくる柘榴全身タイツは、躊躇う事を知らない。



       いよいよ距離1m。

       

       30cm。


       すると目の前で立ち止まる全身タイツ。


       



       彼は 立ち尽くしている。

       



       頭は割れているが、

       全裸だが、
        
       車道を走っていたが、



       立ち尽くしている。











        バスはその後、すぐにその場を走り去った。


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        | 空想の物語たち | comments(2) | posted by curlcord |
        【 鞄 】

        『 老人は海を見つめている。
         果てしなく広がる豊饒の海を。
        その顔には幾重にも重なる皺が深く刻印されている。
         彼の人生に於ける、懊悩が、歓喜が、苦難が、克己が、その全てが一つ一つの溝に表れている。
         その目には寂涼とした世界が映るのか、それとも満足の光で包まれた世界が映るのか…』
         


        さて、この話はしかし、人間の話ではない。
         この話の主人公、つまり第一人称の「老人」は、一個の、ありふれた鞄なのである。
         鞄は、40年以上も前、その彼の主人が若者であった頃その手によって偶然選び出され、購入された。彼は京都職人の手によって誕生した。
         鞄である彼には、その購入の理由など知る由もなかったし、また興味も無かった。
         主人にただ従順に仕えることが運命付けられている鞄は、その役目を果たす事のみに、その全生命を注いだ。
         ある時は、重い荷物を無理やりに詰め込まれ、苦しい思いもしたし、またある時は主人の出張に付き合うため、日本中を駆けずり回されもした。あまつさえ、酔ったご主人にタクシーの中に忘れ去られた事もあった。
         しかし、鞄は覚えている。
         何度壊れても、破けてもその度に修繕をし、大事に大事に使って頂いた事を。
         何度忘れても、どんなに遠くても絶対に翌日には彼を迎えに来てくれたことを。
         そうした長い長い年月、鞄と主人は敬意と愛情の関係を保ち、様々な困難に立ち向かった。



         取引先に足蹴にされずぶ濡れになった悔しさ、プロポーズの瞬間、不可能と思われた商談を勝ち取った歓喜、愛すべき両親との別離…
         様々な栄枯盛衰が彼と鞄の横を滑り落ちていった。
         幾つものドラマが、生まれては消えていった。
         
         
        そうしていると、時がいつしか、彼らに永劫消える事の無い深い皺を刻み込んだ。
         その一つ一つの皺は彼らに、唯一無二の個性を付随し、その存在とその生き様を輝かせている。
         降り積もった時の重みと、その過程にある努力の重みとが混ざり合って、その存在を主張しているのだ。
         今、二人は、海を眺めている。
         過ぎ去った時間と、その重みを味わいながら。
         数々の戦いと、それを乗り越えた思い出の歓喜を噛み締めながら。 
         
         冒頭の疑問文をここで訂正しよう。
          
         
         人生を全力で駆け抜けた者に後悔は、無い。
         彼らは相棒に深く刻まれた皺を見て、それを確認するのであった。  
         
        さてこのモデルとなった鞄は既に僕の元にある。この物語を自分のものと出来るか。そんな課題を、未来の僕に課してみたいと思う。】




         




         ...なんて文をとある会社の課題作文で書いたのは半年前。
         ちなみにこれお題は「鞄」だった。
         懐かしいなあ。就職活動。
         てかこの文、殆ど遊びじゃんね(笑)
         いや、それ以前に
         
         ・・・この鞄、無い!(笑

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          | 空想の物語たち | comments(0) | posted by curlcord |
          【 正しくはない、嘘吐きじゃないよ、そう全部。 】
            今日は大いなる妄想を語りたいと思う。(うちのサークル以外の方は読んでいてもつまらないと思いますが、僕の大学生活の大半をサークルで過ごした事を察していただき、ご考慮していただけたら幸いであります。読み飛ばしていただいた方が良いかも知れません。)
           
           さて、僕はなにがしたいのであろうか?
           就職は決まった。
           大いに納得している。
           うまくいけばプチブルにはなれるかもしれん。
           しかし、なにか。なにか、ひっかかるものがある。
           金は少しでよい。子供を大学に行かせ、保険に入り、両親の面倒を見れるほどの金でよい。
           そして夢を追えればなおよい。
           後さらに重要な要素、それは「人」である。
           それがダメなら全てダメでしょう。
           そんないくら夢の職場でもそれではうまくいきませんね。
           人夢を追いながら、大好きなたちと、少々の金を出来るだけ楽して稼ぎたい。

           そこで僕が考えた。
           端的に今究極的に働きたい会社、それは

           「株式会社せみけん」 

           である。(ちなみに「せみけん」とは僕の所属していた音楽サークルである)
          その構想を少し話そう。

          主な業務;
           エンターテイメント全般。
           音楽をもっとも得意とし、ライブ・映像・CD・プロモーション活動を主な母体とする。
           派生事業としては、レストラン経営、喫茶店経営。
           さらにはそれら各事業で培ったコンテンツビジネスを立ち上げ、さらに広範囲の総 合広告エンターテイメント会社を目指す。
          事業形態     
           主にセミ研出身者を途中採用で社員に登用する新しい人事の語かたち。
           従来の第二新卒リクルーターとは異なり、何らかの才能を持った優秀な人間のみを採用する。合議制による、厳格な採用形態。セミ研という得意な人材が集まる環境だからこそ可能な方式である。基本的に毎年採用をする。
          起業への流れ     
           大学卒業後、5〜10年はそれぞれの分野で修行をし、活躍してもらう。
           そこで学んだ各人のスキルを、会社設立の際には大いに役立ててもらうこととする。
           まず、有志の数人で集まり、そこまでに貯めた資金を使って「有限会社せみけん」の叩き台をつくる。
           合弁会社の設立である。
           各人卒業後の就職先で見つけた、コネとツテを最大限に利用し、仕事の斡旋と広告、営業を繰り返し、資金を貯める。
           この辺はもともとバイタリティーのある人たちだから大丈夫でしょう。
           その後事業の安定をはかってから、継続的な採用に入り、拡大路線を辿る事となるだろう。

          予想される人員配置とその部署

          代表取締役兼会長;ゆうたさん
          社長;ばね
          総合営業課課長;やつなみ
          営業;岩井ちゃん、えりさん、のぶ(笑顔が武器)
          受付;あやちゃん(大体の営業マンはここでオチる)
          WEB広告、SE;久留里
          広告、美術;ヤマコー、かいちゃん、みーちゃん
          監督兼、構成作家;しばじゅん
          衣装;なつみちゃん(フリフリ担当)
          庶務、事務、庭師;ヒカル(適職)
          出版;自分
          会計;ベンジー、みっちゃん
          コック;ごんぬ(不動のポジション)
          企業スパイ;なみちゃん(絶対に怪しまれない。が、任務を忘れる)
          シンクタンク;甘粕さん(ますます弁がたつ)

          弁護士;りっけん

          総会屋;すずこう


          その他の方々はアーティスト部門配属である。
          例えばDJではゆうすけさん、バンドでは「かすてりっさ」や「かーるこーど」や「さんそじゅうばい」「うーどりあ」「ぽんぱどうる」などがいる。
          いわばセミ研の政策サイドであろう。

          この面子を見れば明らかなように、それぞがそれぞれの個性を活かしたプロフェッショナルになる可能性をもっていることがわかるだろう。
           セミ研が同時にいかに個性的な人間の坩堝であったか。
           この才能の羅列をみると可能性が沸いてくるような気がするのは僕だけじゃないでしょう?
          ねえ、セミの皆さん?
          へへ。

          企業後のヴィジョン(妄想)
           第一創業期からすずこうやあまかすさんなどのブレーンが大活躍をみせ、利益の運用や、株式の売買、さらにはデイトレーダーとして意外な才能を見せる新人までが出現し、資本金が5億を突破する。
           彼らブレーンが文系とは思えない力を発揮し、また、会社自体の団結力はその生成過程から見てわかるように著しく高いので、分解することなく無理をしないで、それぞれの地力を発揮することが出来た。
           するとどうだろうあれよあれよと言う間に、ポニー○ャニオン株51%を買収。
           aikoと遊んだりして、今度はソニーミュー○ックを買収。
           そこでもエイ○ックスをやっつけ、この日本から腐ったうんこみたいな音楽を排斥する。
           もう焚書ならぬ焚CD
           エイ○ックスは丸ごと焼き討ちですね。
           高級で、価値のある音楽以外はもう全部挟みでチョッキンなです。
           
          さて。
           かくして、日本の音楽シーンはセミ研によって牛耳られるのであった。

          末尾に。まとめ。
          さあみんな、このとおり、帰る家は用意した
          各人、社会なんて、未来なんて恐れずに堂々と飛び出そうではないか!!
          そしてまた数年後、大人になって「責任」なんて言葉がしっくりとくるようになってから、またこの話をしよう!
           そのときまだ、みんなと笑ってこんな話が出来たなら、僕らはまだ、心まで死んではいないって事になる。
           もう一度言おう。
          さあ、帰る家は用意された!
          みな、飛び出そうではないか!
          0
            | 空想の物語たち | comments(11) | posted by curlcord |
            【 幸せと天国について 】
            「あなたにとって天国とはどんなところですか?」

             という質問を投げかけたとすると千差万別、十人十色の返答がかえってくるに違いない。
             あなたはどんな答えを返してくるだろうか?
             
             ちょっと予測できる程度だと
             
             名誉?永遠の命?金?女?(男?)学問?恋? 
             
             皆さんはおそらくしかもそれらに類するものが永遠に約束される土地を想像されたのではないかと思う。
             その選択肢は世の中の欲望と同数。つまり膨大な数に及ぶと考えられる。
             それは実にごもっともなことで、僕らが想像する天国とは各個人のもっとも満たしたいと考える欲望を充足させる機能を潜在的に備えているはずなのだ。

             そしてその殆どは、人との関係性によって得られるもの、たとえば先に挙げた例のような、金・名誉・恋・学問のようなものである。
             そしてそれはいずれも現世の想像の範疇を越えるものではない。
             これらの欲望は、つまるところ、他者との相対的優位性の認識に基づく充足により得ることのできる幸せなのである。
             ちょっと例をあげると

            「俺はあいつより金持ちで、かつ社会的地位もあるな。」
            「私はあの子より友達が多いいわ」
            「自分以外の奴らはみんな糞音楽しか作っていない。どうして真の芸術性の存在に気づかないのだろう?このグルーピーどもが」
            「こいつらみんなぶさいくだな」
            「彼の考え方はそういった意味では学問的価値には値しないね」
            「私は友達のだれよりも彼氏に愛されているから幸せだわ」

             などなど、これら全て他者と自分を比べた結果、それを自らの地位や、スキルや 状況の優位性を確かめたような言動である。
             つまり、いづれも他者の評価を前提を前提とした欲求なのである。
             たとえば男の皆さん無人島で美女と二人になったとしても、性欲は喚起されずかえってそれは減退してしまうだろう。友人たちの評価、社会的評価を前提としての美女なのである(「そんなことはない。自分だけは精神的に愛している」というひと。それも間違いである。それはそういった人間が素晴らしいという社会的なバイアスが君の精神にかかっている。各個人の精神は決して歴史の流れから開放されることはない。そしてそれは愛も例外ではない)。
             こういった欲望は幸せと連結している。
             では、この欲望を世界の人々が一律に満たすすべはあるのだろうか?
             ちょっと考えてみればわかると思うがそんな方法は無い。
             他人の評価、他者との優位性はそこに敗者がいなければ成り立たない概念であるからだ。
             幸せ自体に不幸が内在されている
             つまり幸せその概念そのものが矛盾を内包しているのだ
             すなわち肉体的、精神的な敗者がいてこその欲望であり、それの充足が幸せであるとすると、いわゆる「共有地の悲劇」により天国は存在しない(できない)ことになろう。
             不可能性がすなわち天国であり、万人の幸福であるのだ
             こんなことをいっていると「人類の歴史は闘争である」なんて言い出しそうだが今日は違う。
             僕は何年前だろうか?
             じつは天国を発見した。
             それは

             「もしもBOX」 
             
             である。
             衆知のように、これはドラえもんの道具である。
             電話ボックスのようになっていて、その受話器から話した「もしも」の世界が現実になるという、素晴らしい不思議道具である(どうやら時間軸をずらすことで別の世界の存在をなれる道具らしい)。
             これはやばい。
             これが発明されたなら、先に述べた人々の果たされない欲望はすべて見事に解決される。
             人々はそれぞれの評価を受けるべき世界を作り出して、美と醜による差別もないので、美女をはべらせて暮らすもいいし、この世あの世の区別の無いので、御仏の御許で湯浴みをして暮らすもいい、金銭的制約も無いので、世界の指導者になるもいい。こうすれば、少数者な不幸者などという概念もなくなり、万人の平等的幸福が実現されるに違いない(でもそんなものがあるのにどうして、ドラえもんの中の未来人はまだ満たされているように見えないのだろうか?というか、この道具は人間の根本的存在理由までかき消す装置なきがする。この道具そのものが未来を打ち壊し、消滅させてもおかしくはないだろう。この人間の苦悩こそが人間を規定するという考えは面白い。またいつかその点も触れてみたい。論理のパラドックスである。)
             
              
             しかし、もうひとつの問題がある。
             そもそも、全ての世界が個人の認識によって成り立つとするならば、未だ見ぬ欲求はありえない。
             未だ見ぬ欲望はありえない。
             人は想像の範囲内でしか望みを抱き得ないのだ。
             つまりもしもBOXを人類が開発したとしても、未視の世界を見ることはできない。既知の世界の要素を組み合わせた想像力の産物以外にはなにも生まれないのであるならば、それが人類の限界ということができるかもしれない(結局は宇宙やミクロの世界の精巧で広大な構造、つまり現実の自然の圧倒的な想像力に人類は指導を仰ぐしかなくなるであろう)。

             しかし、その限界を限界として考ないならば、この道具はまさに革命であることにかわりはない。

             人類の幸福が相対評価から絶対評価へと移行するのだ! 

             これは同時に人類の認識の革命である!

             その先にまっているものが、世界の終焉なのか、究極の楽園であるのかわからないが、人類にとって当面のあいだは絶対幸福が続くに違いないであろう。
             
             つまり僕がおもったのは、

             もしもBOX≒天国
             
              
             なのである。

             
             
             ↑天国への扉つまりヘブンズドア

             
             


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              | 空想の物語たち | comments(15) | posted by curlcord |
              【 メゲモニー 】
              今日は、とある某眼鏡会社のセミナーにいってきた。

              僕は戯れにその会社にエントリーシートをだしたのだが、運が良く(?)通過し、今日は筆記試験と、説明会であった。



              !!


              一時に会場につくとそこには予想だにしなかった光景がひろがっていた。


              眼鏡、眼鏡、眼鏡…
              眼鏡、眼鏡の群…

              いや、私は気づいていた。

              会場の赤羽駅から眼鏡の、男女の一塊が、群をなして歩いていた事を。
              眼鏡、眼鏡の群…
              そしてその群が恐らくある一点を目指して、まるで鮭の産卵の如く猛進している事を…。(会場にあがるエレベーターに至っては、眼鏡人口が100%だった!

              右をみても眼鏡…
              左をみても眼鏡…


              これぞまさに僕の思いえがいた眼鏡の国…
              眼鏡の理想郷…。
              そう、眼鏡の眼鏡による眼鏡の為の会社だった。

              眼鏡が眼鏡として社会的地位を確立し、眼鏡独自のアイデンティティと、眼鏡の自治を確立し、眼鏡が眼鏡の法によっておさめられる、眼鏡の自由!
              そこでは、男女の差はない…
              もはや両性有具と変わらぬ、絶対の平等と平和!
              ブルジョワジーへの無言の反抗の萌芽がそこには芽生えていた…。

              しばし恍惚としながらその眼鏡の山をみやって思った。

              「…もはや、眼鏡の国家は理想ではない。」

              革命はすぐそこに迫っていた。

              (…こんなにも眼鏡が存在していたとは!)
              (…こんなにも眼鏡の似合う人間がたくさんいたとは!)

              眼鏡達はやがて眼鏡会社の一室にに吸い込まれていった。

              我が眼鏡の同胞は皆、一律に真剣なる決死の形相をして、眼鏡会社の眼鏡アナウンサーから、紹介された眼鏡人事から眼鏡会社のマーケティングと眼鏡の経営戦略をきき、眼鏡の商法や眼鏡の教育制度を眼鏡の総務からきいた。
              眼鏡の若手社員から配られた、眼鏡の為の試験をうけ、「これからの眼鏡会社は眼鏡を売るためになにが必要か」という「眼鏡の作文」をかいた。


              眼鏡の伝導師。
              すなわち「愛の伝導師」となる為に。


              眼鏡達は、眼鏡試験を終えた。
              彼らは眼鏡の一群としてまた各家々へと帰っていった。

              それぞれの眼鏡への思いを秘めて。

              まさに、怒濤のような眼鏡の一日だった…。

              僕らは眼鏡の日だった。
              世間のみんなは幸せなゴールデンウィークであった。

              この眼鏡という機械的で喜劇的なな響きと、ゴールデンウィークといぅ幸せな響きとで、まるで美しいコントラストのようだ。

              美しいクラシックの四重奏をきいているような心地の良い気分だ。
              眼鏡とゴールデンウィーク。
              眼鏡とゴールデンウィーク。

              あは。
              あははははは。

              はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。


              皆…眼鏡の準備はよいか?

              革命の季節はもうすぐそこだ…。


              (ところで僕はその時、眼鏡同士としては、あるまじきある奇妙な感覚を覚えた。眼鏡だらけのところにいると眼鏡である自分の個性が没個性になってしまい眼鏡としてのアイデンティティが崩壊の危機に晒されようとするような感じだ…。僕も知らず知らずの間に、自己を眼鏡として、眼鏡を自己としてとらえ、眼鏡をアイデンティティとしていたのかもしれない…。こんな考えでは革命のぺ書記長の補佐としての任務が務まるか疑わしい。激しく反省し、自己規律を見直すとともに、最低「眼鏡党宣言」を百回は再読し、滝にうたれなければならん。いかんいかん。)


              ↓眼鏡神社



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                | 空想の物語たち | comments(2) | posted by curlcord |
                【 拳闘士 】
                我が家には、
                15年と4ヶ月歳の団子がある。
                といっても食するものではない。戦う団子だ。
                 
                そいつは赤土を主な原材料としている。適度な水分を与え、輝き磨き上げた「つや」が黒々と光っている。 
                「誰よりも硬く」「誰よりも美しく」
                 

                 そう少年は考え、近所各地の遊び場にある粒子の細かい砂をふりかけ、何日も何時間もかけて磨く。惚れ惚れとその黒真珠のような美しさと、その潜在的にもつ「強さ」に見とれる。
                 そして自らの及ぶ限りの英知と技巧をもって作り上げたそれを、友人らと砂塵舞う公園に持ち合い「決闘」を行うのである。
                 ある一定の高度から落とされた団子は、重力によって加速度を増し、相手側の団子へ向かって落下していく。
                 
                 そして一瞬の後、勝敗は決するのである。
                 
                 勝者は歓喜の声を上げ、敗者は本気の涙を流す。
                 
                 つまるところ、僕は「遊び」とはこうあらねばならぬと思っている。常に男はこのような真剣勝負の感覚を忘れてはいけないのではないか。
                 
                 純粋でひたむきな情熱をもって、磨き上げ、鍛え上げる事に意義がある。
                 そうして作り上げ、愛しさえした団子を恐れずに勝負の場にさらすことに意義がある。
                 また、真二つに砕けた団子を見て、悔し涙を流すとも、更なる高みを目指し、新たな相棒の制作に取り掛かる姿勢に意義がある。
                 勝利ようとも慢心せず、次なる刺客との勝負に備えたゆまぬ努力で鍛錬をすることに意義がある。
                 
                 団子は言わば、そうした「生き方」の象徴であるのだ。

                団子は自らの身をもって「遊び」の枠を超え、少年に「強さ」を教えてくれたのかもしれない。
                 

                 さて、ちなみに我が家の誇る戦士は幾多の団子との壮絶な戦闘を終え、今は我が家のガスメーターの中で黒光を放ちながら静かに蟄居している。
                 先日、十年経た今も一人孤高に誇らしげな彼の姿を見て僕は、姿勢を正し、凛と生きようと思った。
                0
                  | 空想の物語たち | comments(0) | posted by curlcord |
                  【 全日本眼鏡連会報第203号 】
                   黄金に光る幸福の林檎を目前に、それを頬張る瞬間を今か今かと首を長くして待っていらっしゃるであろう、懸命なる全国3500万人の全眼連会員の皆々様、大変御待たせ致しました。
                   前回は初見の方に対するこの組織へのご紹介と、結成の動機をお話致しました。
                   では今回は、この「全眼連」という組織の成り立ちと、そしてお時間があれば今後の運営方針や未来像をお話したいと思います。
                               
                             ------- 
                   私どもが前回の会報で申し上げましたように、私ども全眼連はいかなる社会的圧制にもブルジョワジー的支配階級の姑息な方法論的支配にも屈しないことを至上命題として活動を続けております。
                   では設定した目標をいかなる方法で達成するのか?
                  いかなる行動を行うことによって認識を具現化し昇華する事ができるのか?
                   三年前の組織結成から私どもはそれを常に模索し全国200箇所にある地下秘密事務所で地道に草の根活動を展開し続けておりました。
                   
                   この世の中というものはある一定の価値観の世界によって動いております。その中でも特に都心部の若者文化に過度に重んじられる価値観が「美と醜」の概念であります。 
                   イメージして頂くととても解り易いと思うのですが、たとえば、皆様が南の島の海岸に貝殻を拾いに行ったとしましょう。
                   海に貝殻を拾いに行くと綺麗な貝殻のみを夢中になって探すことによって、その周辺の何の変哲もない砕けた貝殻や、海草や小石や、木片などには意識すら払わないでしょう。      
                   つまりわれわれは無意識下の一定の判断基準によって形状の美しい貝殻や石のみを認識していることがわかります。美しくないものは認識すらしてもらえず、われわれの脳には『無』に等しいものとして認識されてゆくのです。
                   
                   言うならば、眼鏡を装着したわれわれのような人種は、この木片や砕けた貝殻のような役割を長年にわたって、耐え忍んできたのであります(注1;)
                   そんな不遇な扱いの例に漏れず、わが組織も結成当初、その運営は決して順調と言えるものではありませんでした。世間の女性・男性同士による白い目、目、目…
                   われわれはいわば『冬の時代』を迎えたのであります。
                   しかし冬はいずれおわり、それはやがて春を迎えます。
                   まるで日本の美しい四季のように、春の訪れは我々の知らない海の向こうから、我々の気づかない間に、いつの間にかそこのあったのです。
                   
                   韓国スター  ぺ・ヨンジュン氏の登場です。
                   彼は日本国に、眼鏡カルチャーに、一大センセーションを巻き起こします。彼の赴くところ、メディアがついてまわり、女性陣は黄色い歓声をあげました。もはや彼は日本中の話題と、女性の心を席巻したといっても過言ではないでしょう。
                   革命の始まりは、とても静かなものでした。
                   NHKドラマ「冬のソナタ」が放映されると、彼の魅力に呼応するかのごとく、徐々にそのドラマの熱狂的人気は広まっていきました。現在の日本男性には無い、優しさや、純愛というものに90年代的なメロドラマを懐古した人々がいっせいに食いついたのであります。
                  しかしこのように、この時点でははただの懐古でしかなかったのであります。
                   そしてこの現象はとどまるところをしらず、進化は広まり続けていきます。
                  するとどうでしょうか? 
                   実はあの時期、日本全体に驚くべき浸透度で、ある現象が誰も知らない間に、水面下で広まっていったのであります。
                  それは『美の逆転現象』でありました。
                  いままで「醜」であったもの(愛すべき我らが眼鏡装着者!)が「美」に、また反対に今まで「美」であったはずのものが、その色彩を失っていったのであります。 誰も気づかず、誰も知らない間に。

                   我々はここに着眼し、とうとう発見したのであります!
                   組織運営の方法とそのノウハウを!
                   
                   おっと時間もスペースもなくなってきましたので続きはまた今度…。




                  注1;サブカルチャーの世界におけるたとえばロックバンド「くるり」の岸田氏のような、『モテ眼鏡』の位置づけは美感覚的世界への分類ではなく、むしろ理性的な観念の世界への分類に当たるのでこの論理には接触しません)。
                   
                    
                   
                  0
                    | 空想の物語たち | comments(3) | posted by curlcord |
                    【 全日本眼鏡連盟会報第202号 】
                     御機嫌よう!
                     幸運なるご会員の皆々様、この秋は何処吹く風といわんばかりに残暑が厳しい夏の終わりに如何お過ごしでしょうか?
                     懸命なるご会員の皆々様のことでありますのでお健康と御健勝のほどすごしていらっしゃることと思います。
                                 ------
                     さて、早いものでこの組織が結成されてから早くも半年を迎えようとしております。
                     初めてこの会報を読んでいるそこのあなた!そうです眼鏡をかけてこの会報を読んでいるあなたに取って置きの、まさに取って置きの朗報が御座います。
                     もしあなたが偶然この会報を読む事になったのだとしたらあなたは幸運だというほかありません。人生を究極に薔薇色のものとできる千載一遇の究極のチャンスをあなたはいわば目前にしているのです。
                     後は目前の幸福の色に輝く黄金の林檎に手を伸ばすだけであります!
                     さあ我々とともに幸福を手に入れようではないですか?!
                     おっと、この組織の活動の説明と運営管理の方法についてはまた後ほど御説明致しますので、そんなに焦らないで聞いてくださいね。
                     あなたから離れていかない限りは何時までも幸運の林檎は逃げては行きませんから。
                     もちろんここまで聞いたあなたは離れていくはずはありませんね?
                     
                     
                     …ではあなたの幸福は約束されたのです!
                     【そしてもし眼鏡をかけないでこの会報を読んでいる方がいるのだとしたら今からでも遅くはありません、眼鏡を掛けましょう!コンタクトレンズなどというまさに現代の精神病の権化たる、カメレオン的な下等な道具は今すぐに川に投げ捨てて、すばらしい未来のために今すぐ最寄の眼鏡屋さんに駆け出しましょう!お金がない方は伊達でも構いません!ここに断言します。我が全日本眼鏡連盟(以下全眼連)は如何なる西欧諸国のような経済的差別によるブルジョワジー的支配は致しません。お金がない方もある方も平等に幸福になれる道を、我々は提案しているのであります。】
                               -‐------
                     そもそも全眼連とは眼鏡を掛けていることによって生じる、外見の劣等感による精神的な差別を、いわばイケメンブルジョワジーの階級的な支配からの開放を目指して結成された、組織であります。
                     
                     たとえばこんなことは眼鏡を幼少のころから装着している人間なら誰もが一度は経験したことがあります。
                     『やーい眼鏡』と囃し立てられ、『めがねとれよー』と好きな女の子にまで言われ、あまつさえはそんな好きだったあの子を眼鏡を掛けていないスポーツ万能なイケメンに奪われる、あの悔しさ、いたたまれなさ、呪詛の念、怨嗟の念 
                     …このようなブルジョワジー達による社会構造における精神的幸福の搾取は、幼少のころの精神のたる健やかな発展に望ましい筈がありません。こういった眼鏡を掛けた愛らしい子供たちの健やかな未来を守るためにも我が組織の結束は必要不可欠なものとなるのであります。
                     ひいてはこの世界から眼鏡を掛けることによる外見差別、また、精神的幸福の搾取を作りやすい社会構造を打破し、新しい希望に満ちた世界の新構想を作っていくことを目指しています。
                     (※マルクス的な共産主義社会は唯物論に囚われ過ぎたため破綻をきたしました。われわれ全眼連はマルクスが見失っていていた精神的幸福を主軸にこの世界の平等と幸福を創造していこうとしてしているところに、マルクス的共産主義との齟齬を見出そうとしているのであります。
                     …続きはまた今度。
                     
                    0
                      | 空想の物語たち | comments(2) | posted by curlcord |
                      【 服装について 】
                      最近戸塚にて、よくあるファッション雑誌から雑誌からそのまま写し取ったような配色や重ね着を使った男女がよく目に入るようになりました。
                      俗に言うところの「オシャレ」といわれる人種の人間です。
                      この人種は、個性が大切だとか自由がほしいなどとよく訴えがちですが、その実彼らは無意識のうちに社会的認知により画一化された価値観と、共通認識を作り上げます。
                      この価値観と共通認識がいわゆる流行という名の亡霊を産みだすのです。流行は集団の共通の絶対的な「美」であり、逆説的に「醜」を決定づけてしまいます。

                      …しかし安心してください(^o^)丿
                      人類とはうまく作られているものです。
                      これら頭が足りない人々は、主に外見でしか人間を見ようとしません。そしてその大部分は服装を介して価値観は形成されていきます。社会から還元された価値観をひたすら自己に帰属し続けると、情動の「型」が形成れていきます(こんな服を着ているからカッコイイなど)。情動は生理的喚起を引き起こし、生理的喚起を持って人はそれを恋愛と定義付けするのです(カッコイイから付き合いたい、みたいな)。
                      型にはめられた美意識は、共通した恋愛感を無意識に社会全体に植え付けます。それがやがて波及していくと頭の弱い男女間で盛んに交流が生まれます。頭の弱い交流は、盛んな○○を喚起します。
                      頭の弱い盛んな○○は無垢な子供達をうみます。そしてその子供達は経済効果や税収や労働力資本を社会全体にもたらすのです。
                      それは社会の最大幸福につながり、他でもない頭の弱い、センスの無い僕もその恩恵を授かっていることでしょう。
                       
                      <まとめ>いわば流行とは今も昔も「○○促進装置」として社会に欠かせない潤滑油となっているといえるのではないでしょうか。
                      0
                        | 空想の物語たち | - | posted by curlcord |
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