狭く屈折あり

【 新たな政治広報戦略の幕開け 】
 あまりにもちょっと最近政界がアレなんで、ちょっとめんどくさい話をひとつ、ぶりたいと思います。

 
 まず今回の2005年総選挙の話から始めないとならない。
 先の総選挙では「浮動票」「無党派層」と言われる有権者たちがこぞって自民党に票を投じ、それが同党の圧勝という結果の大きな要因になったのは明らかである。
 実際に数字を見ても投票率は小選挙区で67%を突破し、前回2003年の衆院選と比べて7ポイント以上アップした。
 その小泉改革路線は、必ずしも都市部の支持のみを集めたというだけではなかった。投票率は全国津々浦々で6〜10ポイントもアップしているのだ。読売新聞の出口調査によれば、これらの無党派層は投票者全体の19%を占めていて、うち自民党に票を入れた人が32%、民主党が38%だったという。
「なんだ、民主党の方が多いじゃないか」と思う方もいるだろう。
 しかし前回2003年の衆院選では、無党派層のうち自民党に入れたのは21%、民主党は56%だったのである。今回の選挙で自民党は11ポイントも上昇し、民主党は逆に18ポイントも下落したのだ。
 その、背景には何があったのだろうか。
 今回、自民党のメディア戦略担当として大変重要な役割を果たしたとされる組織がある。
 それは「コミュニケーション戦略チーム」である(以下「コミ戦」。『』内は月刊現代特集からの無断転載による抜粋になります。不適切なら削除します。)。
 この組織の責任者として選ばれたのは世耕弘成議員だ。
 彼は、98年に参院初当選を果たす前は、NTTで主に広報畑を歩んできたサラリーマンだった。米国留学中に企業広報の学位も取得した、言わば「広報のプロ」である。
 そんな彼が行った施策とはまず

 『官邸や自民党に、戦略的・総合的なコミュニケーション(広報・宣伝・PRを含む)部門を立ち上げる必要があると考えた世耕は、2001年、首相に就任したばかりの小泉に直訴』
 し、苦渋する小泉首相を

 『「官邸の広報体制や危機管理には戦略的な専門スタッフを置き、世論調査などのデータを集め、対処していくべきだ」』
 と説き伏せた。
 
 『解散からわずか2日後の8月 10日、コミ戦は早くも活動をスタートさせた。メンバーは責任者の世耕のほか、幹事長室長、自民党記者クラブ(平河クラブ)で記者と接する党の職員、政調会長秘書、広報本部職員、遊説担当職員、情報調査局職員、そして今年1月より、自民党が契約している広告代理店「プラップジャパン」のスタッフで構成された。』
 と、言うから驚きだ(因みに民主党は今回も外資系のPR会社、フライシュマン・ヒラードと契約した。彼らの提案により『マニュフェスト選挙』のイメージを付け、また2004年の参院選でも岡田代表の清新で頑固なイメージを大々的にアピールし、かなりの成功を収めたが今回は失敗し頓挫している。)。
 ニクソン以来行われてきた徹底的なメディア研究と世論調査の方法をようやくここで導入したのだ。
 手法としては、「お高いイメージ」だった片山さつきを説得し、柔軟な対応をさせたり、佐藤ゆかりに「岐阜に嫁ぐつもりでやってきた」と言わせる(平凡化の例!)など有権者の声を徹底的に反映させた。
 また、メディア対策としては
 
 『「マスコミに対しての総合的な戦略が欠けていることが問題だ。むしろ、マスコミをどう味方につけ、演出していくかが重要だと思う」(略)「この評論家のコメントだが、彼は自民党には好意的なのに、今回の郵政のくだりの事実関係が多少違っている」』

 と評論家から演出家まで、

 『「ご説明させてほしい」と、紳士的にやりとりする。後の信頼関係にもつながるし、今後の記事で気をつけて書いてくれるようになりさえすればいいんです』  
 と、メディアとの対決路線をきっぱりと止め、今まで自民党との険悪だった文化人との関係を軟化させる戦略に打って出た(証言利用!)。
 圧巻なのはテレビに出演する議員を指名された際に

 『〈民主党の出演は菅直人だという。ならば、こちらは論客で、かつ冷静に笑顔で対抗できる竹中をぶつける。竹中が淡々と説明していれば、“イラ菅”と言われるほど短気な菅は我慢できなくなって興奮する。竹中は視聴者に好印象を与えることができる〉』という分析。
 
 そうした、「戦略」をもって自民党はテレビ対策をしていた。
 その他にも候補者60人に時事的な模範解答を練りこんだFAXをおくり情報を共有化したり、前候補者の身辺調査を行った(逆に民主党のネームコーリング対策!)。
 今回の選挙の隠れた功績が認められ、コミ戦は選挙終了後も解散せずに、今後週1回のペースで継続して会合を行うことを武部幹事長は了承した。
 世耕は

 『「政治には、世論の動向をいち早くつかみ、最悪の状態を脱するための“危機管理”が必要。コミュニケーション戦略は決して世を騙したり、嘘をついたりするものではない。国のトップや政党の考えを正確に伝えるための戦略」』

 と自説を語ったが、取材をしたすずきてつお記者が

 『自民党という強大な政権与党が、仮に悪意を持って、党が一丸となって広報戦略を仕掛けてきたときに、世論が政党に都合の良い方向へ誘導される危険が生じる可能性も否めない。(略)その場合メディアは、取材者がいかにその意図を見破り、現場で真偽を確認し、是々非々で報道する力を持てるかが試されることになる。』

 と述べるとおりで、私たち受信者はそうした「既に世論誘導をされているかもしれないメディア」という認識をもたなければならない時代にきたのである。
 選挙を操作する側の人間が「私がプロパガンダを研究するのは、悪質なプロパガンダからいい候補者を守るためだ」というような志をもった、選挙プランナー三浦博史氏ような「善玉」とは限らないからだ(ゼミでお世話になった)。

 

 政治とメディアとは、かくも密接に結びついている。
 今回の堀江メール騒動の真意は良く分からないが、メディア対策として比較するならば自民党の圧勝だろう事は目に見えて明らかだ。
 革新政党として、民主党は余りにもメディア対策がお粗末過ぎる。
 飯島秘書官、世耕、PR会社がついてからの自民党は、実に巧妙な大衆操作の手を休めない。
 国民の民度がこのようなありさまである現状を考えると、余りにも危険で脆い状態である事がわかる。
 巨大野党としての自覚があるのだろうか。

 民主党も相当苦しい。
 だからあんな裏づけのないスキャンダルを馬鹿みたいに賭けでださなくちゃならなかったのだろう。
 そこまで追い詰められていたのか。

 いくら、民度が一部であがったとしても、民主主義国家である以上、その一部さえ「まったり」と生きられなくなるのは時代の潮流だ。
 民度の向上と、啓蒙教育の重要性を今こそもっと野党は唱えるべきである。
 国家百年の大計を、読み誤ってはいけない。
 
 
 
  
 

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    | 政治 | comments(4) | posted by curlcord |
    【 2005年総選挙について 】
     

    なんの因果だろうか。
     期せずして、同時多発テロが起こった日と同じ日、この日本で解散総選挙が行われる。
     小泉首相の自己の人気に対する絶対の自信か、はたまた彼の雄雄しい性格がそうさせるのか、とうとう彼は今までの歴代総理が成し得なかった解散総選挙をやってのけた。
     小泉的劇場政治は今の所功を奏し、メディアは彼の思惑通りの報道を繰り返している。
     彼と、彼の側近である飯島秘書官、それに彼の諮問機関のここ一月余りの働きは目を見張るものがある。恐らく情報を「魅せる」ということに対しての天性の感に加えて、この四年間の総理の経験がこのような見事な大衆操作を生んでいるのだろう。
     「農民は生かさず殺さず。」
     「大衆は愚かである。」
     といった格言の例に漏れず、この激動の時世にあって、民衆の興味はどうやら別の所に行ってしまったようである(注 法
     かといって、私はここの場所を使って自民党的政治を批判するものではない。寧ろ私は自民党が行ってきた頑強な官僚型政治を評価すらしている。
     本稿では少しだけ、客観的に今回の選挙戦に対して意見をしたいと思っている。

     
    今回の選挙では、政策論争云々よりも、「郵政民営化の是非」ということに論点が移行しているのは皆さんご存知のことと思う。 
     それは「改革が必要か?」と問われれば、「イエス」となるだろう。誰だって。
     しかし、民衆の生活にとって、郵政事業は一体どれほどの意味をもつのだろうか?
     そうした根本的現実を考えずに、「改革は必要でしょ〜?」といって自民党に投票する若者を私はよく目にする。そうした短絡的な視座に立った投票ではいけないと思うのだが、どうだろうか?
     短絡的な判断に、我々の今後数十年の国家大計を任してはいけないのではないかと思う。
     だが、我々市民としてはまずは最も根本的な事柄に目を向けなければならないのではないかと思うのである。

     それはつまり、税制の問題である。
     確かに郵政民営化に於ける構造改革や、天下りの問題はアウトプット側の問題として重視すべきであるが、私達の財布に直接連結した税制の問題に目を向けなけるのが自然なのではないだろうか?
     国の累積赤字が莫大に膨らみ、この日本という国の存亡すら危ぶまれている以上、増税に伴う「痛み」は国民として避けることは出来ないと思うのであるが、私はそのとり方に問題があると感じている。


     
     私達の殆どはいきなり社長になったりはしない。
     多くは、正規、臨時を問わず雇用者として、雇用主から給与を頂いて生活することとなる。大抵はつまり、サラリーマンになって暮らすということである。もちろんアルバイト従事者も含めてだ◆
     その際に支払う、所得税の増税を首相の直属諮問機関である自民党政府税務調査会は発表した。
    1990年代の不況の影響を受け、減税した結果に全体として税収が減ってきていることや、日本の租税負担率は諸外国に比べて低いことからの増税である。
     このまま、支出歳入を繰り返してゆくと、日本の税体系がたいへんなことになるのは、多くの財政学者や経済学者に共通している理解だ。
     しかし、今回問題になっているのはそのとり方である。
     現在の体系では、収入から各種控除を引いた金額に10%をかけた金額が所得税となる(下図の、控除に対しての課税が始まると言い換えても良い)。
     今回の税制の見直し案では、給与所得控除や扶養控除、配偶者控除の縮小・廃止の方向を盛り込むなど、増税色の濃い内容となった。
     プラス、退職金に対しての課税も引き上げとなる。


     

     これはつまり、中流のサラリーマンを狙い撃ちした政策であり、「とりやすいところからとる」という政府の見方が如実に現れたともいえるだろう。
    そもそも給与控除が今のように多額になったのは田中角栄内閣が昭和49年度改正で実施したサラリーマン減税からだ。
     そして、ようやく不況の波がおさまったかにみえる現在に増税路線を切り出したというわけだ。

     だが驚くべきはその増税額。
     ちょっと例を見てみよう(あるサイトからの引用)。


    ■山下さんの家族の場合(会社員の夫と専業主婦の妻、子ども、妻の母親)
    夫(年収約500万円) 定率減税廃止で3.6万円
    給与所得控除半減、配偶者控除と扶養控除の廃止で38万円
    増税額の合計 約41.6万円

    ■鈴木さんの家族の場合(共働き、会社員の息子)
    康平さんと妻
     (それぞれ年収約700万円) 定率減税廃止で13.5万円、給与所得控除半減で28.5万円
    合計42万
    息子
     (年収約300万円) 定率減税廃止で3.4万円、給与所得控除半減で6.5万円
    合計9.9万円
    3人の増税額の合計 約94万円

     

     という、半端の無い額に。
     また、ある証券会社の計算だと
     「500万円の世帯(夫婦と子1人)で年間9万6000円、
    年収800万円の世帯(同)で同20万円の負担が新たに生じる。」
     という結果がでている。
     また、個別に見てゆくと高校生や大学生を抱える世帯の約8割(所得税率10%)が所得税だけで子供1人あたり年間6万3000円の増税になる。
     さらに、配偶者控除を廃止すれば、税制面では共働きを促進するが、子供を産み育て、家庭を守りたいという専業主婦には不利になる
     配偶者控除(所得税38万円、個人住民税33万円)が廃止された場合、所得税だけで約8割の世帯が3万8000円にのぼる増税になる。

     

     
     いずれにせよ今、政府側に私達の暮らしに十万単位の負担がかけようと画策している人間がいる事は間違いないのである。
     
     サラリーマン層を直撃するような特別控除や退職金控除。これらは僕らの暮らしにとって完璧に無縁な人はいないであろう。
     然し私は取れるところからさらに厳しく取れば税金は入るが、いままで払ってない人から取るようにするのが先ではないかと思う。税金を払っていない人のほうが やけに声が大きく、サラリーマンのような人たちの声が小さいから、このようなことが起きるのだ。
     現在、自営業の人間は確定申告に頼っている。
     つまり自己申告だ。良心のある事業者もいらっしゃるのであるが、その反面、納税の義務を怠っている自営業者が大半を占めていると言われる。
     懸命なる読者の方々はもうお気づきとは思うが、自営業、農業従事者は自民党の大きな支持母体である。だから、自民党も納税の義務を強く言い出せない部分があるのである。
     サラリーマンの負担を増やす前に、クロヨン(所得捕捉率、つまり、納税が確認できている事がサラリーマンは90%なのに対し、個人事業者は60%、農業で40%)である現状をまずどうにかして欲しいものである(こんなことではこの国に、優秀な若者はみんないなくなってしまうよと思う。)。
     

     確定申告のないサラリーマンやフリーターは、給与からの天引きによって、便利である半面に実際よりも「痛み」を実感しにくい。そうしたことからいわば政府の「沈黙の財源」となっていることはやむを得ないだろう。

     今回の選挙はそうした構造を是正する大きなチャンスであると思う。
     小泉型劇場政治はそうした自らに都合の悪いことを上手いこと隠し、いい面を見せる技術に長けている。
     勿論、政治に私達が期待することは、これだけではない。外交、福祉、治安、教育その他もろもろの複合的な要因を多角的に分析し、投票行動をすべきなのだ。
     税制の問題が一番重要だと思えば、民主党に投票すればよいし、自分が金持ちになる自信があるなら自民党に投票すればよい。
     結果的に本稿では自民党(税調)批判のような形になってしまったかもしれないが、この55年体制のなかで、自民党が積み上げてきたノウハウや経験は馬鹿にできることではない。
     戦後の日本を牽引してきたという自負が、今の自民党を強くしているといっても過言ではない。
     私も個人的には小泉首相の古い自民党に対する政治手法、靖国や中国に対する姿勢、外交や防衛論に対しての姿勢、は基本的に賛成ですらある。

     


    自民党に特有のノウハウや経験の欠けている民主党い帽饑を任せる事に対しても不安が無いわけではない。


     つまり、何処を選んでも一長一短。
     最後の最後には自分の責任で決断イ鬚靴覆韻譴个覆蕕覆い里任△襪。

     今こそこの日本国民の「民度」が試される時であると思う。
     みなさんは、投票に行くだろうか?
     はたまたいかないだろうか?
     そんな、話をまた、しようじゃないか



     注;.謄譽咼縫紂璽垢筺⊃景垢鯑匹鵑生造蠅了笋亮膣僂任△襪。
       ▲侫蝓璽拭爾紡个靴討癲⊇蠧誓任粒搬腓鯀世辰拭通称「フリーター増税」の存在も忘れてはならない。
    8什澆亮民党執行部はこれを否定している。が、選挙後の動きについてははっきりとしないところがある。
       て鸞臉党制の流れが顕著である現状をみて、公明、社民、共産の記述は割愛させて頂いた。
       ゥ泪縫侫Д好犯羈喇「http://www.hirake.org/kouyaku/2003syu/comp2/index.html
    」二年間前のものですが大変参考になるかと思うのでどうぞ。
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      | 政治 | comments(2) | posted by curlcord |
      【 靖国参拝記 】
       金色に輝く菊の御章紋。
       荘厳な光を反射するそれは、遠くで鳴る鐘の響きの様な漣を僕の心に起こしたのだった。
       日本国、東京、九段、靖国神社境内の神門にそれはある。
       僕が始めて靖国神社を参拝した日は、突き抜ける様な晴天の日で、真っ白な雲が気持ちの良い風とともに流れていくのが見えた。
       
       東京の喧騒と隔絶した境内の雰囲気にあって、その神門が放つ空気はさらに異質の空気感を醸成していた。
       友人との会話が止み、自然と背筋を正される。幾万もの英霊へと思いを馳せ、思索の海へと落ちてゆく。これは何も国粋主義者でなくとも日本人であれば誰もが味わう感覚なのだろう、そこに集う人々も皆、無言であった。
       拝殿にて参拝を終え、再び神門から帰ろうとした時、中国人と思しき二人組みが放つ声に耳を引かれた。

       彼らはピースサインをし、記念写真を撮影していた。菊の御紋の前で。
       
       僕は自分の心の底から湧きあがる落胆とも、義憤ともつかない感情に驚いた。
      おりしも、中国の潜水艦が日本近海で発見された、ナイーブな時分である。
       
       靖国と言う場所が持つ空気と、国際化の間にある齟齬に混乱したのかもしれない。
       さて、政冷経熱という新語は最近良く用いられる。確かに中国の市場はこれからの日本経済の維持を考えて行く上で無視できるものではない。しかし、日本が誇るべきものや畏敬すべきもの、そういったものを失ってまで経済発展に邁進せねばならぬのか。
       
       その時は主権国家が持つ民族の誇りも同時に捨てる瞬間だ。到底許されるものではない。
       「しかし」僕は思う。
       その誇りは意地や差別という形であってはならない。あくまで「畏敬」でなくてはならない。
       そういった畏敬を前提としてお互いがお互いの犯した過ちと、功績を認めあわなければならない。
       
       靖国の空気を知らずして、参拝問題を語ることは出来ない。
       参拝問題に何らかの意義を唱えたいのであればまず、いって見ることだ。
       日本人ならばそれくらいしてみてもいいはずだ。
       
       九段から靖国が鳴らす「鐘の音」は、日本中の若者の心に凛と響く時を待っているのである。

       ここで一つの記事を紹介しよう、韓国でもっとも権威ある新聞、中央日報の記事である。趙英男(チョ・ヨンナム)という、歌手が書いた記事で、もちろん新聞の校閲をとおった列記とした社説のなかの一節である。
        
       「中央日報」
       靖国神社では通常、参拝者は敬けんな表情でお金をさい銭箱に入れ、かしわ手を打った後、合掌組みとともに黙念するのが儀式の全部だ。おそらく日本の政治家も、そのようにするのだろう。考えてみれば不思議だ。日本人が、過ちだらけの先祖(戦犯)を守っているのを見ていると、せい絶ささえ感じられる。
      ともかく、地雷畑の靖国を、現場で見てみると、あっけないというか、大したことない、という気がした。そうした所感は、私が不幸だった北東アジアの近代史・現代史に無神経だからだろうか。その一方で、神社を出るときには、複雑な気持ちになった。それらが、私に問い返すような気もする。
      〔中略〕
      ともかく、韓日国交正常化40周年を控えた「日本探訪」で、私自身は安定を取り戻せた。次のような話である。日本人は、韓国人のように率直でさっぱりした話し方をしない。BoAや『冬のソナタ』などを受け入れる韓流について「われわれが間違っていました。お赦しください」という日本式の表現なのだ、と裏返しで受けとめたら、いかがだろうか。待望の2000年代、靖国が足かせになってはならないだろう。

       
       なんだろうか、皆は国際化などしたくないのだろうか?
       「世界はみんなトモダチ」そんなことは幻想であるのか?
       じつに無力感にさいなまれる記事である。
       ただ我々に出来ること、それは、民族の誇りを密かに抱きながら根気強く詫び続けること、だけである。
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        | 政治 | comments(4) | posted by curlcord |
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